【牧場生活】「馬怖い」から「馬かわいい」になるまで

馬ってかっこいいですよね。

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たてがみをなびかせて、大草原を疾走する姿なんて美しいじゃないですか。

乗馬に憧れる人もいるんじゃないでしょうか。

パカラパカラ音を立ててね、馬に乗って移動するんですよ。楽しそうですよね。イメージの中だけでは。

人を乗せるくらいですから、馬は大きい生き物だと思ってました。実際見た時もその大きさに仰け反ったくらいです。

体重は500kg以上、大きいものだと1tある子もいるらしいです。でかすぎです。

それまでいろいろな動物に携わってきましたが、馬は初めてでした。


正直、馬は怖い。

 

怖いですよ。自分の何倍も大きな生き物を相手にするわけですよ。

よくあるじゃないですか。馬から落馬したり、馬に蹴られて吹っ飛んでる人の映像とか。馬に蹴られて亡くなる人もいるくらいです。普段はおとなしく人に連れられている馬ですが、馬が本気になれば人間なんか簡単に殺せるくらいの力を持っているんです。

そんな動物を相手に仕事する。これが自分にはとてもプレッシャーでした。


かくいう馬も怖がり。

 

馬の視野は広いです。前を向いていても後ろが見えるくらいとても視野が広い。草食動物はみんなそうですけどもね。
初めに言われたのが馬の後ろには立たないこと。視野が広いと言っても真後ろはやっぱり見えないんだそうです。だから馬の後ろから近寄ったり、触ろうとしたりすると、馬はびっくりして足蹴りすることがあると。

馬ってあんな巨体なのにすごく怖がりなんだそうです。

天気や気候によってもテンションが変化するとかで、風の音でビビッて激しく動き回ることがあります。

3時間、馬を引いて歩く

馬の扱いが初めてだった私は、まず馬を引いて歩くところから練習しました。

引き手を馬につないで、馬場と呼ばれる場所をひたすら歩き回ります。簡単だと思いますか?

馬はとても賢い生き物で、人を見ます。

「こいつ初心者だな」と馬に見抜かれたら、馬は全く言うことを聞かなくなるんです。突然立ち止まって、それからは声をかけても全く動こうとしない。

「こいつだったら、歩かなくても怒られなくて済みそうだ」と馬に思われているんです!

私が「馬怖い」とか不安に思っていることも、馬は見抜いているという。

ああこれは難しい…と瞬時に思いました。

加えてその日は風が強く、近くの林がざわざわと音を鳴らす度に馬は怖がって、飛び上がるわ早足になるわのてんやわんや。

こうしたら馬は動く、というマニュアルがあるわけじゃないんです。

馬が「この人の言うことを聞かないとダメなんだ」と思わないといけない。そう思わせるような行動を取らないといけない。

大事なのは声のメリハリだと言われました。ゆるく、優しい感じで「馬ちゃんおいで~一緒に歩こうネェ~」とネコナデ声を出しても、馬はだいたいシカトします。

「いくよ!歩くよ!」とハリのある声で言った方が良いと。

動物の扱いは自分の感覚として掴むことが多いので、とにかく練習して数をこなすのが1番なのですが、馬への恐怖心はなかなか消えなかったです。

馬をブラッシングする時も、「この筋肉隆々の足で蹴られたらひとたまりもないな」とビクビクしていました。

馬に人を乗せる恐怖

 馬を引いて歩く練習は、馬の移動だけが目的じゃありません。お客さんを馬に乗せる「引き馬」の練習でもありました。

私はかつての職場で乗馬体験をした経験がありましたが、馬よりもはるかに小さいポニーであっても、お客さんの真横にスタッフが2人ついて一緒に歩くスタイルだったので危険度はとても低かったのです。

しかしこの牧場の引き馬はたった1人で対応しなければなりませんでした。

小さな子供を乗せて馬を引くわけです。この恐怖たるや!

馬が何かにビビッて飛び上がれば、当然小さな子供は落馬してしまうでしょう。そうならないよう、周りに注意して馬が驚かないように神経をとがらせ、かつお客さんがきちんと乗れているかもチェックしながら、移動しなければならないのです。

人を乗せる時は毎度緊張していました。大人の方ならまだいいのですが、小さな子供は体も軽いのでとても揺れるんです。

このプレッシャーのかかる仕事を、まだ馬に慣れていないうちからこなさなければならなかったのは、かなり大変でした。

どうして馬は人のいうことを聞くのか?

日々馬の世話をしながら不思議に思ったことがあります。それは「どうして馬は人のいうことを素直に聞くのだろうか」と。自分よりも小さな人間のいうことに従う必要ってあるのかなと。

先輩スタッフいわく、怒られたくないから従うのだそうです。

昨今、犬のしつけなんかでは叩いたり怒鳴りつけてしつけるやり方は時代遅れとされています。犬にかかるストレスを考えても、罰を与えて望まない行動を防ぐやり方はよろしくないと。今ではほとんどの場合、褒めてしつける方法が主流になってきています。

しかし馬の場合は、ダメなことをしたら叱るんだそうです。例えば馬が人に噛みつこうとした時、あるいは噛んでしまった時は馬を叩いてこっぴどく叱ります。(実際に私も目の当たりにしました)そうすると馬は人を噛んだら叩かれると学ぶのだとか。

確かに馬の強靭な顎で噛まれたら大変です。私も噛まれたことがありますが、結構な痣になりました。観光牧場のような、お客さんが馬と触れ合う機会の多い場であれば尚更、馬が人に怪我をさせるようなことは防がなければなりません。だから見た目には手荒であっても、きちっと教え込まないといけないという。

とはいえ、人間なんか馬よりも力は弱いですし、抵抗しようと思えばできるわけです。それなのに大人しく人間の言うことを聞くのは何故なのか!

馬は怖がりだと書きました。その臆病な気質を利用して、人は馬を家畜化したのかな~と考えました。

元々逃げる本能が強い動物ですから、ストレスや不快感、恐怖心を回避する方法として人に従うという選択に行き着いたのやもしれません。

まぁ馬について専門的な知識が皆無の人間ですから、憶測にすぎないのですけれども。

大きな馬ですし、油断していたら怪我をしかねない。そんなこともあって、馬という動物を扱う時は、人間が生温く世話をしているとダメなんですね。

人の言うことを聞かなくなったら、いざという時に馬を止められませんから。
だけど叱るだけでなく、ちゃんと褒めてあげることも大事なんだそうです。このあたりが難しいんですよね。どの程度叱ればいいのか。あまり叱りすぎると、こちらがちょっと語気を強めただけでビクっとなりますから。

大きな図体をしていながら人の指示に従い、ビニール袋が飛んできただけでビクついている馬を見ていると、いじらしいというか、健気というか、切ないというか…憐みに似た感情が生まれていたのであります。

馬がかわいいと思える瞬間

馬は群れる動物らしいので、寂しがり屋な馬は1頭にされると「ヒヒヒーン」といなないて、仲間を呼びます。かわいい。
馬はずっと立って寝るものだと思っていましたが、犬や猫のように地面に寝転がってごろごろ転がってみたり、横たわって寝たりすることもあります。かわいい。

仕事をした馬にだけご褒美としてにんじんをあげていたのですが、それを羨ましそうに横目で見る馬たちの顔がなんとも言えない。自分ももらえるんじゃないかっていう期待を込めた眼差し。かわいい。

長い時間つなぎ場で待機していた馬が、やっと現れたスタッフに対して文句を言う。(アメリカンクォーターホースという種類の馬は喋るんです)かわいい。

人の体で頭をごしごし擦ってくるとき。かわいい。

下からのアングル。かわいい。

 

結論:馬はかわいい

 

動物が好きな人であれば、すぐ馬の魅力に気づけると思います。ただし、馬を扱う人は「恐怖心」を忘れちゃだめなんだとか。馬っていうのは本気を出せば人を振り落せるし、蹴り上げることのできる動物だと。そういう動物を扱っているということを忘れるなと。油断は大敵だと。

私もかわいいと思う瞬間は沢山あっても、「怖いな」と思う気持ちだけは最後まで拭えませんでした。ちなみに車の運転も怖いです。(ペーパーだから)びくびくしながら運転している。だからこそ慎重になるし、注意深くなる。結果的に、事故を防ぐ確率が高まるのではないかと思ってます。

 

ずっと昔から人の暮らしに役立ってきたお馬さん。
怖いと思う一瞬があっても、常に愛情をもって接してあげたいなと思うのであります。